Paib
Paib ペイブ プロジェクト代表世話人なパキラです
05/06/2026
実際のところ、、、、こうじゃない?
幼稚園のあっくん
小学校なメーくん
中学もメーくん
高校ではハンジくん
大学は片岡
今は晃くん パキラくん
いろんなあだ名 呼び名
猿年 もう45ですよ
そうなんだあ 息子も猿なんです
猿田彦神社だなあ。猿だから。椿もそうだし
猿の置物置くとさらに家が発展するよ
長女が猿なんだよ34歳になる
美佳も。たこ親父も和夫さんもそうだった
猪突猛進な猪
永井会長 日大79
倉持社長 日大67
55
隼くん 京都院43
まどか姫 淑徳31
ネズミな徳さん66
永くんも54かあ 枝ちやんもそうなんか
牛です 頭いいなあ
妻は一つ年下 3人の子供
ストレス自分のセイだと真面目に捉えず儀ないようにな 経理にはルールがあるけど色んな角度があるから 色が出るのも事実
長男は虎40 香織もう40かあ福島
健太郎52友美えー3人の子宝
次男は辰38やす君62チエちやん
05/06/2026
「皆さんが想像するような『心配事』は、一切ありません」
世紀の電撃婚と騒がれた、お笑い芸人・山里亮太と女優・蒼井優の結婚記者会見。日本中が祝福と驚きに包まれる中、ある記者が、空気を切り裂くような意地の悪い質問を投げかけた。過去の華やかな恋沙汰を念頭に、蒼井を「魔性の女」と匂わせながら、こう迫ったのだ。
「世の男性たちから嫉妬されるかと思いますが、あの『魔性の女』を一人占めにしてしまったわけですが……」
その瞬間、隣にいた蒼井の顔からスッと笑みが消え、傷ついたように微妙な表情を浮かべて首をかしげた。会場を包む、なんとも言えない不躾な緊張感。
だが、メガネの奥の山里の目は、完全に据わっていた。彼はいつもの道化としての笑顔を消し、一人の男としての真剣な眼差しで、マイクを強く握りしめた。
「皆さんが目の前にしている蒼井さんと、僕が見ている蒼井さんは、全く違うと思うんです」
世間が勝手に作り上げた「魔性」という都合のいいラベル。それを山里は、一瞬の躊躇もなく剥ぎ取ってみせた。
「僕が見ている彼女は、本当に純粋で、楽しい時には心から笑って、美味しいものを食べてる時にはコロコロ笑って、泣きたい時はすごく泣く。そんな真っ直ぐな人なんです」
そして、蒼井の過去や世間の邪推をすべて背負い込むように、カメラの向こうの日本中に向けてハッキリと断言した。
「だから、皆さんが言う『魔性』という言葉から発生するような心配事は、我が家には一切ありません。僕は、彼女の本当の姿を誰よりもよく知っていますから。大丈夫です」
芸人としてのキレ味鋭い切り返しではない。ただひたすらに泥臭く、そして誰よりも強固な、妻の尊厳を守るための鉄壁のシールドだった。
その言葉が耳に届いた瞬間、蒼井の大きな瞳に、みるみるうちに涙がたまっていった。彼女は溢れそうになる涙を必死にこらえながら、救ってくれた夫に向けて、深く、深く頭を下げて感謝の意を表した。
これまでどれだけ理不尽なイメージを押し付けられ、孤独に戦ってきたのだろう。世間の偏見から自分を命がけで引っ張り上げ、本当の姿を「大丈夫だ」と肯定してくれた男が、今、隣にいる。
お笑い界の異端児が見せた、あまりにも男前すぎる全力のプロテクト。あの会見の夜、山里亮太は日本中の誰もが認める、最高に格好いい「一人の夫」になった。
05/06/2026
飛行機の中で一番泣きそうだったのは、泣き続ける息子じゃなくて、ずっと「すみません」と言っていた私の方だった。
あれは羽田から福岡へ向かう ANA NH243 に乗った時の話。
午後の便だった。
私は一歳半の息子を連れて、一人で福岡の実家に帰るところだった。
夫は仕事で来られず、私だけ先に帰ることになった。
一人で子どもを連れて飛行機に乗るのは初めてではなかったけど、慣れているかと言われると、全然そんなことはない。
前の日から、頭の中で何回もシミュレーションしていた。
朝は少し早めに起こす。
空港で歩かせる。
保安検査の前におむつを替える。
搭乗前に水を飲ませる。
離陸したら、できれば寝てほしい。
寝てくれたら、羽田で買った鮭のおにぎりを食べる。
それくらいの、ささやかな計画だった。
でも子どもって、親が「これでいけるかも」と思った瞬間に、だいたい別の方向へ走っていく。
羽田空港の搭乗口に着いた時点で、息子はすでに少し怪しかった。
いつもなら飛行機を見ると「ぶーん」と言うのに、その日はずっと私の服を握って離さなかった。
👦🏻息子:「いや。」
👩🏻私:「抱っこしようね。もうすぐ飛行機だよ。」
👦🏻息子:「いや!」
👩🏻私:「すみません、すみません……」
私は誰に謝っているのかわからないまま、ベビーカーを押して、マザーズバッグを肩にかけて、息子を片腕で抱いていた。
搭乗口の地上係員さんが、私の様子を見てすぐ近づいてきてくれた。
👩🏻地上係員:「ベビーカーはこちらでお預かりしますね。」
👩🏻私:「すみません、お願いします。」
👩🏻地上係員:「お子様、大丈夫ですか?」
👩🏻私:「たぶん眠いだけだと思います……たぶん。」
自分で言った「たぶん」が、まったく信用できなかった。
機内に入ると、私の席は18Cだった。
通路側。
隣の18Bには、六十代くらいの女性が座っていた。
ベージュのカーディガンを着て、膝の上に小さな文庫本を置いている人だった。
私が息子を抱いたまま、バッグと傘と小さいブランケットを落としそうになりながら席に近づくと、その人はすっと自分の荷物を足元に寄せてくれた。
👩🏻隣の女性:「ゆっくりで大丈夫ですよ。」
👩🏻私:「すみません、ありがとうございます。」
その一言だけで、すでに少し救われた。
朝からずっと、「人の邪魔にならないように」「泣いたらどうしよう」「迷惑をかけないように」ばかり考えていたから。
私は息子を膝の上に座らせて、幼児用のベルトをつけた。
最初の数分は、本当に静かだった。
息子は私のスマホケースについている小さいクマのシールを触って、ぼんやりしていた。
私は心の中で、いけるかもしれない、と思った。
その三分後には、いけないことがわかった。
飛行機がゆっくり動き始めた時、息子の顔が急にくしゃっとなった。
親って、あの顔だけでわかる。
「あ、来る」
次の瞬間、息子は体をそらして泣き始めた。
小さくぐずる感じではなかった。
機内の空気が一瞬だけ止まるくらいの声だった。
👦🏻息子:「うわああああ!」
👩🏻私:「ごめんね、耳かな?お水飲む?」
👦🏻息子:「いやああ!」
👩🏻私:「すみません、すみません……」
また私は謝っていた。
隣の人に。
前の人に。
後ろの人に。
CAさんに。
まだ何も言われていないのに、機内全体に謝っている気持ちだった。
水を出しても押し返される。
小さいせんべいを出しても首を振られる。
お気に入りのシールブックを出したら、床に落とされた。
私がそれを拾おうとして前かがみになった瞬間、息子がまた体をひねって、私のマスクのひもを引っ張った。
👩🏻私:「痛い痛い、待って、お願い、ちょっと待って。」
👦🏻息子:「ママあああ!」
👩🏻私:「ママここにいるよ。いるよ。すみません……」
隣の女性が、落ちたシールブックをそっと拾ってくれた。
👩🏻隣の女性:「はい、落ちましたよ。」
👩🏻私:「すみません、本当にすみません。」
👩🏻隣の女性:「大丈夫、大丈夫。」
その「大丈夫」が、不思議なくらい静かだった。
我慢している人の「大丈夫」ではなく、本当に大丈夫だと思っている人の声だった。
でも私はもう、かなり焦っていた。
まだ離陸して間もない。
福岡までは一時間半くらいある。
息子の顔は真っ赤で、額には汗がにじんでいる。
私の背中も汗でびっしょりだった。
スマホの充電は12%。
羽田で買った鮭のおにぎりはバッグの奥に入ったまま。
朝から口にしたのは、コンビニのアイスコーヒーを少しだけ。
お腹が空いているのに、空腹を感じる余裕もなかった。
CAさんが通路を歩いてきて、私のそばで少しかがんだ。
✈️CAさん:「お子様、お耳が痛いのかもしれませんね。お湯かお水、お持ちしましょうか?」
👩🏻私:「すみません、お水はあるんですけど、飲まなくて……」
✈️CAさん:「何かありましたら、いつでもお声がけください。」
👩🏻私:「ありがとうございます。すみません。」
また謝っている。
自分でも嫌になるくらい、「すみません」しか言えなかった。
前の席の人が少し肩を動かしただけで、私はびくっとした。
後ろで誰かが雑誌をめくる音がしただけで、迷惑だと思われている気がした。
実際には誰も何も言っていない。
でもその時の私は、機内にいる全員が息子の泣き声を数えているように感じていた。
息子を抱き直して、小声で言った。
👩🏻私:「お願い、ちょっとだけでいいから。ね、少し寝よう。」
👦🏻息子:「いやあああ!」
👩🏻私:「大丈夫、大丈夫。ママいるよ。」
大丈夫と言いながら、私の方が全然大丈夫じゃなかった。
その時、隣の女性が文庫本を閉じた。
パタン、という小さい音がした。
彼女は急に息子に触れたりしなかった。
まず私の顔を見て、落ち着いた声で言った。
👩🏻隣の女性:「もし嫌じゃなければ、少し抱っこしましょうか。」
👩🏻私:「え?」
👩🏻隣の女性:「私、孫が三人いるんです。こういう時、お母さんが一番つらいでしょう。」
👩🏻私:「でも、そんな……ご迷惑じゃ……」
👩🏻隣の女性:「迷惑じゃないですよ。お母さん、朝から何か食べました?」
👩🏻私:「……コーヒーだけです。」
👩🏻隣の女性:「じゃあ、なおさら。先に食べなさい。」
「先に食べなさい」
その言い方が、強くないのに逆らえないくらい優しかった。
胸の奥が変に詰まった。
朝から誰も、私が食べたかどうかなんて聞かなかった。
もちろん、それは当たり前だ。
私自身も忘れていた。
子どもを泣かせないこと。
人に迷惑をかけないこと。
ベビーカーを早くたたむこと。
おむつを替えること。
搭乗口で邪魔にならないこと。
そんなことばかり考えて、自分が何か食べたかどうかなんて、頭から消えていた。
でも隣の女性は、泣いている子どもだけじゃなくて、抱いている私の方も見ていた。
それがわかった瞬間、逆に泣きそうになった。
私はまだ迷っていた。
すると女性は、両手を少しだけ出して、でもこちらがうなずくまで待ってくれた。
👩🏻隣の女性:「無理ならいいのよ。」
👩🏻私:「……すみません。少しだけ、お願いします。」
👩🏻隣の女性:「はいはい、おいで。」
息子は最初、私の服をつかんで離さなかった。
でも女性が「大丈夫よ、ママそこにいるよ」と何度も小さく言うと、少しずつ力が抜けた。
まだ泣いてはいたけれど、声の大きさが少し下がった。
女性は本当に抱っこがうまかった。
片手で背中を支えて、もう片方の手でお尻のあたりをゆっくり叩く。
そのリズムが一定で、見ている私まで少し落ち着いてくるくらいだった。
👩🏻隣の女性:「びっくりしたねえ。飛行機、ちょっと怖かったねえ。」
👦🏻息子:「うっ……うっ……」
👩🏻隣の女性:「大丈夫よ。ママ、そこにいるよ。ね。」
私はバッグの奥から、潰れかけた鮭のおにぎりを取り出した。
袋を開ける手が少し震えていた。
隣の女性がちらっと見て、笑った。
👩🏻隣の女性:「ゆっくり食べて。」
👩🏻私:「すみません……ありがとうございます。」
👩🏻隣の女性:「謝るより、食べた方がいいわよ。」
私はおにぎりを一口食べた。
正直、味は普通だった。
羽田のコンビニで買った、よくある鮭のおにぎり。
少し時間が経って、海苔もそこまでパリパリではなかった。
でもその一口で、息ができるような気がした。
自分がものすごくお腹が空いていたことに、その時やっと気づいた。
涙が出そうになって、慌てて水を飲んだ。
CAさんが通りかかって、こちらを見て少し笑った。
✈️CAさん:「少し落ち着かれましたね。」
👩🏻私:「はい……本当に助かりました。」
👩🏻隣の女性:「お母さん、今ごはん中です。」
✈️CAさん:「それは大事ですね。」
その言い方がまた優しくて、私はもう何度目かわからない「ありがとうございます」を言った。
機内の空気は、さっきよりずっとやわらかく感じた。
たぶん何も変わっていない。
飛行機の音も、周りの人も、座席の狭さも同じ。
でも私が一人で抱えなくていいだけで、こんなに違うのかと思った。
二十分くらい経った頃、息子は女性の肩にもたれて眠っていた。
口が少し開いて、さっきまであんなに泣いていたのが嘘みたいだった。
私は小声で言った。
👩🏻私:「すみません、もう大丈夫です。重いですよね。」
👩🏻隣の女性:「もう少しこのままでいいですよ。起こすとかわいそうだから。」
👩🏻私:「本当にすみません。」
👩🏻隣の女性:「一歳半くらい?」
👩🏻私:「はい。」
👩🏻隣の女性:「軽い軽い。うちの孫はもっと重かった。」
そう言って、女性はまた息子の背中をゆっくり叩いた。
私はその間に、おにぎりを最後まで食べた。
水も飲んだ。
落ちたシールを拾って、散らかったバッグの中を少し整えた。
たったそれだけのことだった。
でもその半時間は、私にとって本当に大きかった。
誰かに抱っこを代わってもらう。
その間にごはんを食べる。
文章にすると、たった一行で終わる。
でもあの日の私は、その一行ができなくて、心が折れかけていた。
福岡に近づく頃、息子が少し動いた。
女性は「起きたかな」と小さく笑って、ゆっくり私の方へ戻してくれた。
👩🏻隣の女性:「はい、ママのところに帰ろうね。」
👩🏻私:「本当にありがとうございました。どうお礼を言えばいいか……」
👩🏻隣の女性:「いいのよ。昔、私も同じように助けてもらったことがあるの。」
👩🏻私:「そうなんですか。」
👩🏻隣の女性:「だから今日は、私の番だっただけ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がまた詰まった。
大げさなことは何も言っていない。
でもすごく静かに残る言葉だった。
飛行機が福岡空港に着いて、みんなが荷物を取り始めた。
私は息子を抱きながら、足元のバッグを引き寄せた。
息子はまだ少しぼんやりしていたけど、急に私の手からシールブックを取って、一枚だけ小さいシールをはがした。
黄色い星のシールだった。
そしてそれを、隣の女性に差し出した。
👦🏻息子:「はい。」
👩🏻隣の女性:「あら、くれるの?」
👦🏻息子:「はい。」
👩🏻私:「すみません、それ、たぶん本人なりのお礼です。」
👩🏻隣の女性:「じゃあ、大事にもらいます。」
女性はその小さい星のシールを、自分の文庫本の内側にそっと貼った。
子ども相手の適当な対応じゃなくて、本当に何かを受け取ったみたいな手つきだった。
それを見て、私はまた泣きそうになった。
機内を出る時、女性は私たちの少し前を歩いていた。
出口の手前で、振り返って言った。
👩🏻隣の女性:「お母さんも、今日はよく頑張りましたね。」
その一言が一番だめだった。
泣くのをこらえるのに、かなり変な顔になったと思う。
私はただ、何度も頭を下げた。
👩🏻私:「ありがとうございました。本当に、ありがとうございました。」
👩🏻隣の女性:「気をつけてね。」
福岡空港に出たあと、私は到着ロビーのコンビニでホットコーヒーを買った。
息子はベビーカーの中で眠っていた。
口の端に、さっき食べそこねたせんべいのかけらがついていた。
私はその顔を見ながら、紙コップのコーヒーを両手で持って、しばらく立っていた。
旅行で記憶に残るのは、観光地やごはんだけじゃないんだと思った。
飛行機の中で、子どもが泣き止まなくて、自分ももう限界で、周りに申し訳なくて、何度も何度も「すみません」と言っていた時。
隣の知らない人が、ただ静かに言ってくれた。
「先に食べなさい」
その一言で、人はちゃんと座り直せることがある。
あの日から、飛行機で泣いている子どもの声を聞くと、少し見方が変わった。
もちろん大変だし、静かにしたい人がいるのもわかる。
でもその声のすぐ近くに、たぶん何度も謝っている人がいる。
飲み物も飲めず、おにぎりも食べられず、汗だくで抱っこしている人がいる。
だから私は、前より少しだけ優しい気持ちで見るようになった。
あの時の隣の女性みたいに、すぐ助けられる自信はまだない。
でもせめて、迷惑そうな顔だけはしないでいようと思う。
そしていつか、自分にもできる場面が来たら。
あの人みたいに、静かに言える人でいたい。
「お母さん、先に食べなさい」って。
台風🌀が去ったらまた新しい台風🌀が発生。
水不足だと騒いでいたのが。
次は梅雨 雨雨☔な梅雨
この時期 初めて金毘羅に参拝に行く計画をしてるから大雨じやなければいいかなってぐらいな気持ちにならないとやばいね。
1000段ぐらいの階段。一歩ずつ上がる。
それは丙午じやくなくても嫌だよ
04/06/2026
兄が初めて私に『お金を貸してほしい』と言った時、私は少しも迷いませんでした。
兄は私より8歳上です。
父は私が小学生の頃に亡くなり、母も体が弱く、家は一気に苦しくなりました。
当時、兄はまだ17歳。
本当なら大学を目指せる成績だったそうです。
でも兄は進学を諦め、バイク店で見習いとして働き始めました。
幼い私が、
「お兄ちゃん、学校は?」
と聞くと、兄は私の頭をなでて言いました。
「お前が勉強すればいい。」
兄は毎朝早く家を出て、夜遅く帰ってきました。
手はいつも油で真っ黒。
それでも帰宅すると、最初に聞くのは私のことでした。
「宿題終わったか?」
分からない問題があると、眠そうな目をこすりながら隣に座ってくれました。
中学生の時、英語の塾に通いたかった私に、兄は黙って封筒を差し出しました。
月謝は1万5,000円。
当時の我が家には大金でした。
「高いよ」
と言う私に、兄は冷めた弁当を食べながら言いました。
「高くない。お前が勉強するほうが大事だ。」
後で知りました。
兄は仕事の後、夜の飲食店で片付けのアルバイトまでして、私の塾代を作ってくれていたのです。
高校に合格した日、兄は私の好きなショートケーキを買ってきてくれました。
そしてぼそっと言いました。
「ちゃんと勉強しろよ。俺みたいに毎日手を真っ黒にしなくていいように。」
大学の合格発表の日。
私は東京の教育系大学に受かりました。
でも学費も家賃も生活費もかかります。
「地元の大学でもいいよ」
そう言うと、兄は工具を置いて真剣な顔で言いました。
「受かったところに行け。お金のことは考えるな。」
大学4年間、兄は一度も私にお金の心配をさせませんでした。
家賃も学費も生活費も、全部なんとかしてくれました。
私がアルバイトをしようとすると、
「お前の仕事は勉強だ」
と止められました。
ある日、実家の冷蔵庫を開けると、中にあったのは食パンと豆乳と卵だけ。
「いつもこれ食べてるの?」
と聞くと、兄はすぐ冷蔵庫を閉めて、
「ダイエットだよ」
と笑いました。
卒業式の日。
私は卒業証書を兄に渡して言いました。
「この証書、半分はお兄ちゃんのものだよ。」
兄は照れたように、
「気持ち悪いこと言うな」
と笑いました。
でも目は赤くなっていました。
これからは私が兄を支える番だ。
そう思いました。
けれど兄は、簡単には支えさせてくれませんでした。
私が働き始めてからお金を渡そうとしても受け取らない。
服を買っても「高い」。
外食に連れて行っても「普通の定食でいい」。
そんな兄が初めて私を頼らざるを得なくなったのは、事故の後でした。
仕事中、倉庫で転落し、腰を痛め、右足にも後遺症が残りました。
重い物を持つ仕事はもう難しいと言われました。
病院へ駆けつけると、兄は真っ白な顔でベッドに横になっていました。
それなのに第一声は、
「明日、授業あるんだろ。何で来たんだよ。」
私は泣きながら言いました。
「そんな状態で、まだ私の心配するの?」
退院後、兄は仕事を失いました。
私に迷惑をかけまいとして、こっそり実家へ戻ろうとしていました。
荷物をまとめている兄に、私は言いました。
「昔、お兄ちゃんは私に言ったよね。私の仕事は勉強だって。」
「今度は私が言う。」
「お兄ちゃんの仕事は、ちゃんと体を治すこと。」
兄は下を向いて言いました。
「俺は苦労が怖いんじゃない。お前の負担になるのが怖いんだ。」
私は泣きました。
「お兄ちゃんは私を何年も支えてくれた。」
「その時、私が負担になるかどうか聞いた?」
「今度は私が支えて何が悪いの?」
その日、兄は初めて拒みませんでした。
私は兄を自分の家に迎えました。
広くない2DKです。
兄は最初、何を買っても「高い」と言いました。
リハビリ代の領収書を見て、
「このお金、自分のために貯めろ」
とも言いました。
その時、私は分かりました。
誰かの優しさを受け取ることは、与えることより難しいのだと。
足が少し良くなってから、兄には夕飯を作ってもらうようにしました。
私が仕事から帰ると、兄は昔と同じ口調で言います。
「手を洗って食べろ。」
その声を聞くたびに思います。
誰かを支えるというのは、お金を出すことだけではない。
その人に、まだ居場所があると感じてもらうことなのだと。
今も私たちは一緒に暮らしています。
私が仕事へ行き、兄が夕飯を作る。
リハビリの日は私が付き添う。
母は私たちを見るたびに言います。
「昔はお兄ちゃんが妹を育てて、今は妹がお兄ちゃんを支えているのね。」
兄はすぐに、
「支えられてない。俺も働いてる」
と言います。
私は笑って返します。
「そうだね。私の米を食べて、私のWi-Fi使ってるだけだもんね。」
家族って、きっとこういうものなのだと思います。
支えていた人が、ある日、倒れることもある。
その時は交代すればいい。
あなたが疲れたら、今度は私が支える。
あなたが歩けないなら、私が隣でゆっくり歩く。
これは借りでも返済でもありません。
一番つらかった時に、お互いを手放さなかった。
ただ、それだけの話です。
兄がいなければ、今の私はいません。
だから今度は兄に知ってほしい。
もう一人で家を支えなくていい。
疲れてもいい。
立ち止まってもいい。
安心して寄りかかっていい。
今度は、妹が兄を支える番だから。
04/06/2026
昨夜、私は自分でも嫌になるようなことをしました。
夫の上に乗るようにして、顔を見下ろして聞きました。
正直に言って。昔、本気で好きだった人を消したことある?
夫はスマホを触る手を止めました。
一度だけ、私を見ました。
その三秒の沈黙で、背中が冷たくなりました。
それから夫は言いました。
消したよ。
胸をつかまれたような気がしました。
私は聞きました。
本当に消せたの?あんなに好きだった人なのに。
夫は少し笑いました。
苦い笑いでした。
どこか、自分を笑っているようにも見えました。
夫は言いました。
本気だったからこそ、消さなきゃいけなかった。
残してどうするんだよ。
いつか君と喧嘩した時、逃げ道にするのか。
私は黙りました。
夫は続けました。
男が元カノの連絡先を残すのは、思い出を大事にしているからだと思う?
違う。
自分のために、逃げ道を残しているだけだ。
消しきれないまま暮らすのは、心の中に保険を持っているのと同じだ。
夫は、怖かったと言いました。
いつか自分が弱くなった時。
喧嘩して感情的になった時。
その人のLINEを開いてしまうかもしれない。
だから消した。
自分の手で、その道をなくした。
私は喉が詰まりました。
それでも聞きました。
消す時、つらくなかったの?
夫は少し黙りました。
それから言いました。
皮を一枚はがされるくらい、きつかった。
でも、消したあとでやっと落ち着いた。
昔のきれいな思い出では、今の布団は温まらない。
いびきをかいて、布団を取って、住宅ローンの話をする君がいる。
これからの人生を一緒に温めていく相手は、君だから。
そう言いました。
その夜、私は背中を向けました。
枕が涙で濡れました。
ただ感動したわけではありません。
怖かった。
そして、ほっとしました。
その時、やっと分かりました。
男の削除ボタンは、冷たさだけではありません。
時には、今そばにいる相手への一番強いけじめなのです。
過去を自分の手で消す。
それは元カノに見せるためではありません。
今の相手に見せるためです。
大人の一番現実的な愛情は、忘れられない誰かを抱え続けることではありません。
今の相手のために、過去とのつながりを切れることです。
曖昧さも、逃げ道も残さないことです。
その夜、私は夫を強く抱きしめました。
過去なんて気にしない、とは言えません。
私は気にします。
気にするのは、そこです。
私のために、どこまできれいに消してくれたのか。
大好きな女と待ち合わせしたりドライブ。
美味いもの食べて。カラオケ。
温泉♨️だなんて言ったら期待しちゃう。
💄化粧取れるから駄目つてか。素顔で綺麗なのに。
まだまだ若い。
伊勢でなにがしたい
御朱印。赤福氷。伊勢うどん。
もう暑い💦🥵からアイスなり スイカ🍉も有ればいいし
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